訪問介護の開業資金で一番大きいのは、法人設立や事務所の費用ではなく、介護報酬が入るまでをつなぐ「運転資金」です。 介護報酬は、サービスを提供した月の翌月10日までに請求し、入金は提供月の翌々月末になります。しかも指定の時点から、訪問介護員等を常勤換算で2.5人以上そろえておく必要があるため、利用者が少ない開業直後から人件費が毎月かかります。
そのため「いくらで開業できるか」は、一律の金額では答えられません。事務所を自宅に置くか、車両を使うか、職員を何人でスタートするかで大きく変わるからです。以下では、初期費用を内訳ごとに見積もる方法と、運転資金を何か月分持つかの計算式、そして日本政策金融公庫の創業融資や自治体の創業支援の使い方を整理します。
訪問介護の人員基準と最少人数での開業の組み方は訪問介護を一人で開業できるか、開業から指定までの全体像は開業と指定申請の流れで扱っています。
開業資金が膨らむ仕組み
訪問介護の資金繰りを苦しくするのは、次の3つが重なる点です。
1. 入金が2か月遅れる
介護報酬の請求と支払いの日程は、たとえば宮城県国民健康保険団体連合会(国保連)の案内では次のとおりです。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| サービス提供月(例:4月) | サービスを提供する。給与・家賃は通常どおり発生 |
| 翌月10日(5月10日) | 国保連への請求の締切 |
| 翌々月末(6月末) | 国保連から事業所へ振り込み |
利用者負担(原則1割〜3割)は利用者から直接受け取りますが、報酬の大部分を占める保険給付分はこの日程で入ります。開業月から数えると、最初の入金まで約3か月あります。
2. 人件費は利用者の数と関係なく発生する
指定を受けるには、訪問介護員等が常勤換算で2.5人以上、常勤の管理者、サービス提供責任者が必要です(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準 第5条・第6条)。利用者がまだ少ない開業直後でも、この体制分の給与と社会保険料はかかります。
3. 利用者は少しずつしか増えない
居宅介護支援事業所(ケアマネジャー)からの紹介は、事業所の実績が見えてから増えていくのが普通です。入金が始まっても、しばらくは売上が固定費に届かない期間が続きます。
初期費用の内訳
初期費用は、次の表の項目ごとに見積もります。法定の費用は金額が決まっていますが、それ以外は地域と選び方で大きく変わるため、見積書や相場を自分で集めて埋めてください。
法人設立の法定費用
| 項目 | 株式会社 | 合同会社 |
|---|---|---|
| 定款認証手数料 | 資本金100万円未満 3万円、100万円以上300万円未満 4万円、それ以外 5万円(一定の要件を満たす小規模な設立は1万5千円) | 不要 |
| 定款の収入印紙 | 紙の定款は4万円、電子定款は不要 | 紙の定款は4万円、電子定款は不要 |
| 登録免許税 | 資本金の1000分の7(最低15万円) | 資本金の1000分の7(最低6万円) |
定款認証手数料は日本公証人連合会の案内によります。令和6年12月1日から、発起人が全員自然人で3人以下、発起人が設立時発行株式の全部を引き受ける旨の記載があり、取締役会を置かない株式会社は、資本金100万円未満なら1万5千円に下がりました。市区町村の「特定創業支援等事業」の支援を受けて証明書を得ると、登録免許税は株式会社で最低7.5万円、合同会社で最低3万円に軽減されます(仙台市の案内による)。
NPO法人・一般社団法人との違いは法人の種類の比較にまとめています。
事業所と備品
| 項目 | 見積もりのポイント |
|---|---|
| 事務所の賃料・敷金・仲介手数料 | 自宅の一室を使えるかは指定権者の判断。賃貸なら入居から指定までの空家賃も含める |
| 内装・区画の工事 | 専用の区画、相談のスペースを作る費用 |
| 事務用品・家具 | 机、椅子、鍵付きの書庫、電話・複合機 |
| パソコン・通信 | 記録と請求に使う端末と回線 |
| 請求ソフト | 国保連への伝送請求に対応したもの。初期費用と月額を分けて確認 |
| 移動手段 | 自転車・バイク・車両の購入またはリース、駐車場 |
| 感染症対策の備品 | 手指消毒、使い捨て手袋など |
採用と開業準備
| 項目 | 見積もりのポイント |
|---|---|
| 求人広告・紹介手数料 | 求人媒体の掲載料、人材紹介を使う場合の手数料 |
| 指定前の人件費 | 指定前に雇用する職員の給与(研修や準備の期間) |
| 保険 | 事業者向けの賠償責任保険など |
| 専門家への報酬 | 行政書士(指定申請)、司法書士(設立登記)、税理士・社会保険労務士に頼む場合 |
| 広報 | 事業所のパンフレット、ホームページ、名刺 |
運転資金は何か月分必要か
計算式
運転資金は、次の式で見積もるとぶれが少なくなります。
必要な運転資金 = 月の支出 × 最初の入金までの月数 + 立ち上がり期間の毎月の赤字の合計
- 月の支出:給与と社会保険料(常勤換算2.5人以上の体制分)、家賃、車両・通信・ソフトの月額、借入の返済
- 最初の入金までの月数:開業月から翌々月末まで。4月1日開業なら4月・5月・6月の3か月分の支出を、報酬の入金なしで払うことになります
- 立ち上がり期間の赤字:入金が始まってから、売上が月の支出を上回るまでの各月の差額
売上の見込みの立て方
訪問介護の報酬は、1回ごとの単位数に地域区分ごとの1単位の単価を掛けて計算します(その他の地域は1単位10円)。令和6年度介護報酬改定後の主な単位数は次のとおりです(山口県「各サービスの改定内容について(訪問介護)」による)。令和8年度介護報酬改定では基本報酬は見直されていません。
| サービス区分 | 単位数(1回) |
|---|---|
| 身体介護 20分以上30分未満 | 244単位 |
| 身体介護 30分以上1時間未満 | 387単位 |
| 生活援助 20分以上45分未満 | 179単位 |
| 生活援助 45分以上 | 220単位 |
たとえば身体介護30分以上1時間未満を月に100回提供すると、387単位×100回=38,700単位で、その他の地域なら約38.7万円です。このうち利用者負担分を除いた額が、翌々月末に国保連から入ります。自分の地域の単価、想定する利用者数と訪問の組み合わせで、月ごとの売上の見込みを作ってください。
見落としやすい支出
- 移動時間・待機時間の賃金:報酬の対象にはなりませんが、雇用している職員の労働時間です
- 処遇改善加算の賃金改善:加算は加算額以上を賃金改善に充てる要件があるため、収入と同額以上の支出として計上します。令和8年6月以降の訪問介護の加算率は、加算Ⅰイ27.0%〜加算Ⅳ17.0%です(厚生労働省「令和8年度介護報酬改定における処遇改善加算の拡充」)。仕組みは処遇改善加算の解説を参照してください
- 返戻・過誤:請求に誤りがあると、その分の入金がさらに1か月以上遅れます。請求の流れと返戻の防ぎ方は国保連への請求の流れで扱っています
資金調達の方法
日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」
創業時の資金調達で最も使われるのが、日本政策金融公庫(国民生活事業)の「新規開業・スタートアップ支援資金」です。公庫のページによると、主な条件は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 新たに事業を始める方、または事業開始後おおむね7年以内の方 |
| 使いみち | 事業を始めるため、または事業開始後に必要な設備資金・運転資金 |
| 融資限度額 | 7,200万円 |
| 返済期間 | 設備資金20年以内、運転資金10年以内(いずれも据置期間5年以内) |
2024年4月1日の公庫の発表では、税務申告を2期終えていない方が無担保・無保証人で利用する場合(旧「新創業融資制度」)について、融資限度額が3,000万円から7,200万円(うち運転資金4,800万円)に、据置期間が2年以内から5年以内に拡充され、「創業資金総額の10分の1以上の自己資金」という要件がなくなりました。利率は、条件に応じて基準利率や特別利率が適用されます。最新の条件は公庫の窓口で確認してください。
融資の審査では、事業計画書で次の点を説明できるようにしておきます。
- 介護の実務経験、サービス提供責任者や管理者の経験
- 人員基準を満たす職員の確保の見込み(採用が決まっている人、候補者)
- 利用者の獲得の見込み(地域の需要、連携するケアマネジャーのあて)
- 上の計算式による運転資金の根拠
自治体の制度融資と創業支援
都道府県や市区町村には、信用保証協会の保証を付けて民間の金融機関から借りる「制度融資」があり、創業者向けの枠を設けているところが多くあります。条件は自治体ごとに違うため、開業予定地の自治体の商工担当課か、商工会議所・商工会に確認してください。
市区町村の特定創業支援等事業(経営・財務・人材育成・販路開拓を学ぶ創業セミナーなど)を受けて証明書を得ると、たとえば仙台市の案内では次の支援が受けられるとされています。
- 会社設立の登録免許税の軽減(株式会社は最低15万円→7.5万円、合同会社は最低6万円→3万円)
- 創業関連保証の特例(事業開始の6か月前から対象)
- 日本政策金融公庫「新規開業・スタートアップ支援資金」の利率の引下げ
- 小規模事業者持続化補助金〈創業型〉への申請
受けられる内容と証明書の発行の条件は市区町村ごとに違うため、法人を設立する前に、開業予定地の市区町村の創業支援の窓口で確認してください。設立登記の後では、登録免許税の軽減は受けられません。
補助金を使うときの注意
補助金は原則として後払いです。採択されても、先に自分で支払い、実績を報告してから入金されます。開業直後の運転資金の穴埋めには使えないので、融資と組み合わせて資金繰りを組みます。公募の時期・対象経費・補助上限は回ごとに変わるため、必ず最新の公募要領で確認してください。
資金計画でつまずきやすい点
- 初期費用だけで資金計画を作る。 最初の入金までの3か月分の支出と、立ち上がり期間の赤字を入れていない計画は、開業後数か月で資金が尽きます。
- 自分の給与を0円で計算する。 経営者が管理者・サ責・訪問介護員を兼ねる場合でも、生活費は必要です。役員報酬を払わない前提の計画は、長く続けられません。
- 開業日を先に決めて融資を後回しにする。 融資の実行までには審査の期間があります。指定の締切から逆算して、物件の契約や採用より前に融資の相談を始めてください。
- 職員を最少の2.5人ちょうどで組む。 1人が辞めると人員基準を割り、減算や新規受け入れの停止につながります。非常勤の職員を多めに確保する分の人件費も見込んでおきます。
資金の目途が立ったら、指定申請の手続きと締切は介護事業所の開業と指定申請で確認してください。



