「就労移行支援事業所を開設したが、定員割れが続き、黒字化の目処が立たない」
「利用者が就職して『卒業』するたびに稼働率が急落し、経営がジェットコースターのように不安定だ」

就労移行支援事業所の経営者様から、このような悲痛なご相談をいただくケースが急増しています。
特に近年の報酬改定では、就労定着実績による基本報酬の差が拡大し、「結果(就職)を出さなければ収益が下がる」一方で、「結果を出せば利用者が減る(卒業する)」という、構造的なジレンマに直面しやすい事業形態と言えます。

この「単独型経営の限界」を突破する最適解として、現在多くの経営者が舵を切っているのが「多機能型事業所」への転換です。

本記事では、就労移行支援事業所に「就労継続支援B型」や「自立訓練(生活訓練)」を併設することで生まれる、支援の質の向上と経営安定のシナジー(相乗効果)について、福祉経営のプロフェッショナルな視点から解説します。

なぜ今、就労移行支援の「多機能化」が経営戦略として重要なのか

結論から申し上げますと、就労移行支援「単独」での経営は、年々難易度が上がっています。理由は明確で、「ターゲット層の枯渇」と「成果報酬型へのシフト」です。

「単独型」が抱える集客と稼働率の構造的課題

就労移行支援のターゲットは、「直近(2年以内)で一般就労を目指せる状態の人」です。しかし、地域に潜在する障害のある方の中で、このフェーズにいる方は氷山の一角に過ぎません。

多くの方は「働きたい気持ちはあるが、まだ自信がない」「生活リズムが乱れており、週5回の通所は困難」という段階にいます。単独型の場合、こうした問い合わせがあっても「当事業所では対応できません」と断らざるを得ず、貴重なリード(見込み利用者)を競合他社へ流出させているのが現状です。

事業所内で「ステップアップ」できる環境を作る意義

多機能化の最大の強みは、「事業所内で利用者のフェーズに合わせた支援が完結する(ワンストップ支援)」点にあります。

これはマーケティング用語で言うLTV(顧客生涯価値)の最大化です。
例えば、まずはB型で作業に慣れ、自信がついたら隣のユニットの移行支援へ移る。あるいは、生活訓練で体調を整えてから就労を目指す。このように、一人の利用者様と長く関わり、段階的な支援を提供することで、利用者にとっては「環境を変えずにステップアップできる安心感」を、経営者にとっては「長期的な安定稼働」をもたらします。

【戦略1】「就労継続支援B型」を併設するメリット

最もポピュラーで、かつシナジーが高いのが「就労移行支援」+「就労継続支援B型」の組み合わせです。これは単なる「受け皿」以上の戦略的意味を持ちます。

「まだ一般就労は不安」な層のナーチャリング(育成)

問い合わせの中で最も多いのが、「働きたいけれど、毎日通えるか不安」「まずはプレッシャーの少ない環境で慣らしたい」という声です。
B型を併設していれば、こうした層をまずB型で受け入れ、週数回の通所からスタートできます。「今は移行支援はハードルが高いが、B型なら通える」という層を取り込み、事業所内で時間をかけて就労意欲を醸成(ナーチャリング)し、機が熟したタイミングで移行支援へ移っていただくことが可能です。

移行支援で疲弊した利用者の「一時避難(ステップダウン)」機能

就労移行支援はトレーニングの場ですので、時には利用者がプレッシャーを感じ、体調を崩してしまうこともあります。
単独型の場合、通えなくなれば「退所」しか選択肢がありません。しかし、B型が併設されていれば、「少し疲れたから、一度B型に移ってペースを落とそう」という「ステップダウン」の提案が可能です。

これにより、ドロップアウト(退所)を防ぎ、自社サービス圏内に留まっていただくことができます。回復すれば、また移行支援に戻れば良いのです。この柔軟性が、高い定着率を生み出します。

【戦略2】「自立訓練(生活訓練)」を併設するメリット

近年、特に精神障害や発達障害の支援において注目されているのが、「就労移行支援」+「自立訓練(生活訓練)」の組み合わせです。

潜在的な利用者層(引きこもり・退院直後)へのアプローチ

就労移行支援の利用を検討するさらに手前の段階、つまり「家から出るのが怖い」「精神科病院を退院したばかり」という層にとって、いきなり「就労」を掲げる事業所はハードルが高すぎます。
「自立訓練」を併設することで、「まずは生活リズムを整えましょう」「楽しむことから始めましょう」という柔らかいアプローチが可能になります。これにより、就労系サービスではリーチできなかった潜在層(ブルーオーシャン)を集客できます。

「生活リズム」から「就労」へ繋ぐロングテールな支援モデル

自立訓練(標準利用期間2年)+就労移行支援(同2年)=最大4年間。
これは単に期間が長いということではなく、「生活の基盤作り(土台)」から「就労(ゴール)」までを一貫してサポートできることを意味します。

自立訓練で信頼関係を構築したスタッフや環境のまま、スムーズに就労移行へステップアップできることは、環境変化に弱い精神・発達障害のある利用者様にとって最大のメリットです。経営的にも、一人の利用者様と4年間の関係性を築けることは、採用コストや集客コストの観点から見ても極めて合理的です。

経営視点で見る「多機能型」の具体的メリット

支援面だけでなく、経営数値(P/L)の面でも多機能化には明確なメリットがあります。特に「固定費の圧縮」効果は絶大です。

職員配置と設備基準の緩和によるコスト最適化

多機能型事業所の最大のメリットは、「人員配置基準の特例」です。
例えば、利用定員の合計が60人以下の場合、サービス管理責任者は事業所全体で1人(常勤換算1.0人以上)配置すれば足りるケースが多くあります(※詳細は指定権者の条例によります)。管理者も兼務が可能です。

つまり、単独で2つの事業所を運営する場合と比較して、管理者やサビ管の人件費を大幅に圧縮できます。また、相談室や多目的室、事務室などの設備も共用が可能であり、家賃効率も向上します。これにより、損益分岐点を下げ、利益率を高めることができます。

報酬単価とリスク分散による経営の安定化(ポートフォリオ経営)

就労移行支援は、就職実績によって基本報酬が大きく変動します。実績が出せない年は経営が苦しくなるリスクがあります。
一方、B型や自立訓練は比較的報酬が安定しており、利用期間も長くなる傾向があります。これらを組み合わせることは、投資における「ポートフォリオ」と同じ考え方です。ボラティリティ(変動幅)の高い移行支援を、安定性の高いB型や自立訓練で支えることで、事業所全体のキャッシュフローを安定させることができます。

多機能化を成功させるための「集客」の考え方

多機能化すれば自動的に利用者が集まるわけではありません。むしろ、サービスが複数になることで、対外的なメッセージがぼやけてしまうリスクもあります。

ターゲットが広がる分、各サービスの「強み」を明確に発信する

「なんでもできます」は「誰にも刺さらない」と同義です。
Webサイトやパンフレット、そしてGoogleマップ(MEO)での発信においては、以下のように入り口を分けて訴求することが重要です。就労移行支援のLP・発信: 「就職率〇%!」「定着支援充実」「PCスキル習得」など、結果(ベネフィット)を求める層へ訴求。
自立訓練のLP・発信: 「自分らしい生活を」「まずは週1回から」「安心できる居場所」など、安心感(セーフティ)を求める層へ訴求。

それぞれの検索ニーズ(キーワード)に合わせて「入り口」を複数用意し、中で繋げる戦略が必要です。
特に、地域の相談支援専門員や病院のSW(ソーシャルワーカー)に対しては、「ウチなら、生活訓練から始めて、無理なく移行支援に繋げるプランが組めます」という「連携のしやすさ・出口の見えやすさ」をアピールすることが、紹介獲得の鍵となります。

まとめ

就労移行支援事業所の多機能化は、単なる「メニューの追加」ではありません。「働きたいけど自信がない」「生活を整えたい」という、地域の多様なニーズに応えるための「支援のパイプライン」を構築する高度な経営戦略です。

B型や自立訓練を併設することで、利用者の取りこぼしを防ぎ、長期的な関係性を築くことができます。また、人員配置の効率化によるコストメリットも見逃せません。まずは、貴社の地域のニーズや競合状況を分析し、どのサービスとの組み合わせが最適か、検討を始めてみてはいかがでしょうか。