「地域に貢献できる訪問介護事業所を立ち上げたい」
「経験を活かして独立したいが、まずは小規模にスタートしたい」

訪問介護事業(ホームヘルプ)は、高齢化が進む日本において最も需要が高く、かつ社会的な意義も大きい事業です。しかし、参入障壁が比較的低いと言われる一方で、「開業後3年以内の廃業率」が決して低くないのも現実です。

多くの経営者が「介護の質」にはこだわりますが、「経営の質」、特に「資金繰り」と「集客構造」の準備不足により、志半ばで撤退を余儀なくされています。

この記事では、単なる「手続きのマニュアル」にとどまらず、「生き残るための開業戦略」として、以下の重要ポイントを解説します。「一人(最小人数)で開業」の現実的なシフト戦略
開業資金のリアルな内訳と、黒字化までのキャッシュフロー
指定申請の落とし穴とスケジュール感
開業前から仕込むべき「Web集客」とMEO対策

この記事を読み終える頃には、開業の手続きだけでなく、事業を軌道に乗せるための「経営の設計図」が頭の中に描かれているはずです。


訪問介護は「一人」で開業できるか?【現実は甘くないが戦略的に可能】

まず、最も多い疑問である「一人での開業」についてです。
結論から申し上げますと、物理的にたった一人(自分だけ)での開業は不可能です。しかし、経営者が複数の役割を兼務し、最小限のスタッフ体制でスタートする「ミニマム開業」は十分に可能であり、リスクヘッジの観点からも推奨されます。

「一人開業」=「常勤換算2.5人」の壁をどう超えるか

訪問介護事業所の指定を受けるためには、人員基準として「常勤換算で2.5人以上」の介護職員(訪問介護員等)が必要です。

これを最小人数でクリアするための「黄金の組み合わせ」は以下の通りです。

【最小構成のシフト例】

  1. 経営者(あなた): 管理者 兼 サービス提供責任者(サ責) 兼 訪問介護員として従事 (常勤1.0)
  2. 常勤スタッフA: 訪問介護員 (常勤1.0)
  3. 非常勤スタッフB: 訪問介護員 (常勤換算0.5 / 週20時間程度)

合計:2.5人

コンサルタントの視点:ここが落とし穴

計算上はこれでクリアですが、経営面では以下のリスクを考慮する必要があります。サ責の兼務限界: 経営者が「管理者」「サ責」「現場ヘルパー」を全て兼務すると、営業(ケアマネ回り)や請求業務を行う時間が物理的に消滅します。
突発的な欠勤: ギリギリの人数(2.5人)の場合、誰か一人が風邪で休んだだけで基準割れやサービス停止のリスクが生じます。

したがって、「一人で開業」を目指す場合でも、「登録ヘルパー(非常勤)」を名簿上多めに確保しておくことが、安定運営の絶対条件となります。


失敗しないための「4つの要件」チェックリスト

指定申請(開業許可)を得るためには、以下の4つの基準をすべて満たす必要があります。自治体(指定権者)ごとの「ローカルルール」が存在する場合も多いため、必ず管轄の窓口で事前確認を行ってください。

1. 法人格の取得

個人事業主では指定を受けられません。必ず法人格が必要です。
株式会社: 社会的信用度が高い。将来的に規模拡大や多角化を目指す場合に有利。
合同会社: 設立コストが安い(株式会社の半額程度)。スモールスタートに最適。
NPO法人・一般社団法人: 公益性をアピールしやすいが、設立手続きや運営がやや煩雑。

カイゼン室の推奨:
特段の理由がなければ、設立スピードとコストのバランスが良い「合同会社」でのスタートが多く選ばれています。

2. 人員基準(資格要件)

前述の「2.5人」に加え、資格要件も厳格です。

職種必要な人数資格要件備考
管理者常勤1名特になし原則、専ら管理業務に従事する者(兼務可)
サービス提供責任者(サ責)1名以上介護福祉士、実務者研修修了者など初任者研修(旧ヘルパー2級)のみでは不可
訪問介護員常勤換算2.5名以上初任者研修修了者以上上記の管理者・サ責もカウント可

重要: 採用難易度は年々上がっています。ハローワークだけでなく、知人の紹介(リファラル採用)や、地域の求人媒体をフル活用する準備を開業3ヶ月前から始める必要があります。

3. 設備基準(自宅兼事務所の注意点)

自宅の一室を事務所にすることは可能ですが、以下の要件を満たす必要があります。
独立性: 生活スペースと明確に区分されていること(専用の出入り口があることが望ましいが、動線が分かれていれば可とする自治体も)。
相談室: プライバシーが守られる個室や、パーテーションで仕切られたスペースがあること。
鍵付き書庫: 個人情報を保管するための施錠可能なキャビネット(耐火金庫など)。

4. 運営基準

マニュアルや規程の整備です。「運営規程」「重要事項説明書」「契約書」のほか、虐待防止・身体拘束廃止・BCP(事業継続計画)などの指針策定が義務化されています。これらは実地指導(監査)で厳しくチェックされる項目です。


【リアルな数字】開業資金と収支シミュレーション

「いくらあれば開業できますか?」という質問に対し、一般的には「300〜500万円」と回答されますが、経営コンサルタントとしては「運転資金の厚み」を強調します。

なぜ「運転資金」が命取りになるのか?

介護保険ビジネスの最大の特徴は、「入金サイト(入金までの期間)が長い」ことです。
サービスを提供した月の報酬が国保連から入金されるのは、約2ヶ月後です。4月: 開業・サービス提供(売上発生)
5月: 請求業務(スタッフへの給与支払い発生)
6月末:ようやく4月分の報酬が入金

つまり、開業から最低でも3ヶ月間は「入金ゼロ」で、家賃や人件費を支払い続ける必要があります。

資金計画シミュレーション(ミニマム開業の場合)

項目金額目安備考
【初期費用】約150〜250万円
法人設立・指定申請30〜50万円専門家報酬含む
物件取得・内装・備品80〜150万円自宅開業なら圧縮可能
求人・広告費20〜50万円
【運転資金(6ヶ月分推奨)】約400〜600万円ここが最重要
人件費(3名体制)月100万円〜経営者報酬含む
固定費(家賃・光熱費・システム代)月15万円〜請求ソフト代など

合計目安:550万円〜850万円

日本政策金融公庫の「新創業融資制度」などを活用し、手元の現金(キャッシュ)を厚くしておくことが、精神的な余裕と正しい経営判断に繋がります。


手続きフローと「指定申請」のスケジュール

開業希望日の3〜4ヶ月前から動き出す必要があります。特に「事前協議」は予約制の自治体が多く、ここで躓くと開業が1ヶ月単位で遅れます。

  1. 事業計画・資金調達(開業4ヶ月前〜)
    • 市場調査、コンセプト決定、融資申し込み。
  2. 法人設立・物件契約(開業3ヶ月前〜)
    • 定款の事業目的に「介護保険法に基づく居宅サービス事業」等の文言を入れること。
  3. 指定申請の事前協議(開業2〜3ヶ月前)
    • 自治体担当者へ図面や計画を持参し相談。修正指示があれば対応。
  4. 人員確保・備品搬入(開業2ヶ月前)
    • 申請時にスタッフの雇用契約書や資格証の写しが必要になります。
  5. 本申請(開業1.5ヶ月前)
    • 書類に不備がないよう、社労士や行政書士のチェックを受けることを推奨。
  6. 指定書の交付・開業(ゴールではなくスタート)

【カイゼン室の提言】開業前に勝負は決まる。「集客」と「差別化」

多くの経営者が、指定を取ることに全力を使い果たし、「どうやって利用者を集めるか」を開業後に考え始めます。これでは遅すぎます。

訪問介護の集客ルートは主に2つです。

  1. 居宅介護支援事業所(ケアマネジャー)からの紹介
  2. 利用者家族によるWeb検索(直接問い合わせ)

1. ケアマネ営業は「強み」の一点突破で

「なんでもやります」は選ばれません。
「認知症ケアに強いスタッフがいます」
「早朝・深夜の対応も相談可能です」
「男性ヘルパーが在籍しており、力仕事や同性介護に対応できます」
など、ケアマネジャーが「あそこの事業所なら任せられる」と思い出せる「タグ(付箋)」を自分たちに貼りましょう。

2. Web集客とMEO対策(Googleマップ)

近年、利用者家族がスマホで「地域名 + 訪問介護」と検索し、直接問い合わせてくるケースが急増しています。ここで重要なのが「MEO対策(Googleマップ最適化)」です。Googleビジネスプロフィールの登録: 正しい住所、電話番号、営業時間、そして「事業所の想い」や「スタッフの写真」を掲載する。
自社サイト(LP)の整備: スマホで見やすく、問い合わせボタンが押しやすいシンプルなサイトを用意する。

これらは、開業前から準備できます。看板を出すのと同じように、デジタルの世界でも看板を出しておかなければ、あなたの事業所は「存在しない」のと同じになってしまいます。


まとめ:周到な準備と「経営者視点」が成功の鍵

訪問介護事業所の開業について、コンサルタントの視点から解説しました。「一人開業」は可能だが、常勤換算2.5名の確保とシフト管理が鍵となる。
資金は初期費用だけでなく、入金サイトを考慮した「6ヶ月分の運転資金」を目指す。
指定申請はスケジュール厳守。事前協議で躓かないよう早めの行動を。
開業前から「Web集客」と「強みの明確化」を行い、初月から稼働できる体制を作る。

訪問介護は、地域のご高齢者の生活を支える尊い仕事です。だからこそ、情熱だけで突っ走るのではなく、冷静な計算と戦略を持って準備を進めてください。

この記事が、あなたの事業が地域に根付き、長く愛される事業所となるための「確かな一歩」となれば幸いです。