障害福祉サービス事業所を運営する経営者様にとって、行政から届く「実地指導(2022年度より『運営指導』へ名称変更)」の通知は、どれだけ経験を積んでも緊張が走るものです。

「書類の整合性が取れていなかったらどうしよう」
「万が一、報酬返還を求められたらキャッシュフローがショートする」

このような不安を感じるのは、経営者としてリスク管理ができている証拠でもあります。しかし、必要以上に恐れることはありません。運営指導は、適切な準備と対策を行えば、事業所の「膿」を出し切り、経営体制を筋肉質にする絶好の機会となります。

本記事では、数多くの事業所支援を行ってきた「福祉経営カイゼン室」の視点から、運営指導に向けた具体的な準備、必須書類、そして数百万単位の報酬返還リスクに直結する「よくある指摘事項」とその回避策を解説します。

そもそも「実地指導(運営指導)」とは? 監査との違いを理解する

対策を練る前に、まずは行政の意図を正確に把握しましょう。多くの経営者が混同しやすい「指導」と「監査」の違い、そして近年のトレンドについて整理します。

指導の目的は「育成・支援」にある

実地指導(運営指導)の本来の目的は、事業所の粗探しをして罰することではありません。事業所が指定基準に従って適切なサービスを提供し、正しく報酬を請求できているかを確認し、より良い運営ができるように「助言・指導」を行うことが目的です。

基本的には指定権者(都道府県や市町村)の条例に基づき、数年に一度のペースで実施されます。近年は、書類確認の一部をオンラインで行うなど効率化も進んでいます。ここで指摘された事項に対し、真摯に改善報告を行えば、いきなり指定取り消しなどの重い処分が下ることはまずありません。

最も恐れるべきは「監査への移行」

一方で「監査」は、運営指導とは性質が全く異なります。監査は、利用者への虐待、著しい人員基準違反、架空請求など、明白な法令違反の疑いがある場合に行われます。

最も避けなければならないのは、運営指導の最中に以下のような事態が発覚し、指導が中止され、そのまま「監査」へと移行するパターンです。極めて悪質な不正請求(架空の実績で請求しているなど)
虚偽の報告・答弁(ない書類を「ある」と嘘をつく、改ざんする)
利用者への虐待の兆候

監査へ移行すると、行政処分(指定取り消し、効力の停止)や、加算金を含めた多額の報酬返還命令のリスクが一気に高まります。経営防衛の最重要ラインは、「日頃から適正な運営を行い、運営指導の段階で誠実に対応して完了させること」に尽きます。

実地指導で必ずチェックされる「3つの管理」と準備書類

運営指導の通知が来たら、まずは指定権者のWebサイトから最新の「自己点検シート(自主点検表)」をダウンロードしてください。当日の確認項目は、基本的にこのシートに沿って進められます。

書類は大きく分けて以下の3つの観点で整理しておきましょう。

1. 運営管理(ハコとヒトの基準)

事業所としての体制が法令基準を満たしているかを確認します。運営規程・重要事項説明書: 最新の法令改正(報酬改定など)や現状に合わせて変更届が出されているか。
従業者の勤務体制一覧表・出勤簿: 管理者、サビ管(児発管)、直接処遇職員の配置基準を満たしているか。常勤換算の計算は合っているか。
資格証の写し・雇用契約書: 職員の資格証は原本照合済みか。労働条件通知書はあるか。
研修記録・会議録: 義務付けられている研修(虐待防止、身体拘束適正化、感染症対策など)を年間の計画通りに実施しているか。

2. 利用者支援の記録(プロセスの遵守)

サービスの質とプロセスが守られているかを確認する部分です。最も指摘が多く、かつ現場の負担が大きい箇所です。アセスメントシート: 利用者のニーズを適切に把握し、更新されているか。
個別支援計画書(原案・本案): 作成手順(アセスメント→原案→会議→説明・同意→交付)の証拠が揃っているか。
モニタリング記録: 定められた期間ごとに計画の見直しが行われているか。
サービス提供記録(ケース記録): 「変化なし」のコピペではなく、具体的な支援内容が記録されているか。

3. 報酬請求の根拠(金銭の正当性)

国保連に請求した報酬が正しいかを確認します。ここがズレていると「過誤調整(返金)」の対象となります。サービス提供実績記録票: 利用者の通所・利用実績(印鑑やサイン)と、請求データが完全に一致しているか。
加算に関する記録: 人員配置体制加算、送迎加算、食事提供体制加算など、算定要件を満たしている根拠資料(運行記録や検食簿など)があるか。

【返還リスク高】よくある指摘事項(NG例)ワースト3

準備を進める中で、特に注意すべき「よくある指摘事項」を3つ挙げます。これらは単なる「注意」レベルで済まず、「報酬返還(減算適用)」に直結しやすい危険なポイントです。

1. 個別支援計画の「日付の逆転」と「同意」の不備

運営指導で最も指摘が多く、かつダメージが大きいのが「個別支援計画書」の不備です。特に「日付の整合性」は厳しく見られます。NG例(日付の逆転): 「サービス担当者会議の実施日」よりも「計画書の作成日」が前になっている。
* 解説:会議で意見を聞く前に計画ができているのはおかしい、と判断されます。
NG例(同意の遅れ): 「利用者(保護者)の同意日」が、計画期間の開始日を過ぎている。
* 解説:同意を得る前にサービスを提供していることになり、無効となります。

これらが発覚すると「計画未作成」とみなされ、該当期間(数ヶ月~半年分)の基本報酬が減算(返還)対象となります。数百万円規模の返還になるケースもあるため、必ず「アセスメント → 原案作成 → 会議 → 本案作成 → 同意 → 交付」という時系列を守り、日付を確認してください。

2. 人員配置基準の誤解と勤務実態のズレ

「シフト表(予定)」と「出勤簿(実績)」、そして「サービス提供実績記録票」の整合性が取れていないケースです。NG例: 常勤換算が必要な加算を取っているのに、職員が有給休暇や早退をしており、実績ベースで計算すると基準を下回っていた。
NG例: サービス管理責任者が、兼務不可能な業務(送迎や現場の欠員補充など)を行っている時間帯があり、専従要件を満たしていない。

常勤換算の計算は複雑ですが、毎月の実績ベースで確実にクリアしているか再確認が必要です。「うっかり」では済まされません。

3. BCP(事業継続計画)や虐待防止委員会の未開催

近年、特に厳しく見られるようになったのが、義務化された委員会開催や計画策定です。これらは「未実施減算」が設定されている項目が多くあります。NG例: 虐待防止委員会や身体拘束適正化検討委員会を「立ち話で済ませた」として、議事録がない。
NG例: BCP(事業継続計画)が策定されていない、または策定しただけで職員への周知・訓練(シミュレーション)が行われていない。

「やっているつもり」は通用しません。「実施した証拠(議事録・写真)」がないものは、行政にとっては「やっていない」のと同じです。

指摘ゼロを目指すには「日々の記録」のカイゼンが鍵

運営指導の直前に、過去数年分の書類を慌てて作成・修正することは、精神的にも肉体的にも限界があります。また、記憶を頼りに後から作った書類(いわゆる「作文」)は、必ずどこかでボロが出ます。

書類作成を「イベント」にしない仕組みづくり

指摘を受けないための唯一の解決策は、「その日のことは、その日のうちに記録する」という当たり前の業務フローを確立することです。ICTの導入: 請求ソフトと連動した記録システムを導入し、日付の逆転をシステム的に防ぐ。
テンプレート化: 会議録や研修報告書のフォーマットを統一し、空欄を埋めるだけで要件を満たせるようにする。
ダブルチェック体制: サビ管任せにせず、管理者や事務員が毎月「日付」と「実績」をチェックする日を設ける。

これらを徹底するための仕組みづくりこそが、経営者が取り組むべき「経営改善(カイゼン)」です。

コンプライアンス遵守は最強の「集客」になる

運営指導で「優良」と判断されるような事業所は、結果として利用者や家族、地域の相談支援専門員からの信頼も厚くなります。

「あそこは管理がしっかりしているから安心して紹介できる」
「職員の教育が行き届いている」

このような評判は、Web上の口コミ以上に強力な集客効果を持ちます。法令遵守(コンプライアンス)は、守りのための盾であると同時に、事業所のブランド価値を高め、安定した集客(利用者獲得)につながる攻めの武器でもあるのです。

まとめ

実地指導(運営指導)は、事業所の健全性を証明する場です。
経営者は以下の3点を意識して、現場の準備をリードしてください。

  1. 実地指導は「監査」ではない。 敵対するのではなく、誠実な対応と改善の姿勢を見せ、監査への移行を絶対に防ぐ。
  2. 「個別支援計画」の日付管理は経営課題。 現場任せにせず、ここが最大の返金リスクポイントであることを周知する。
  3. 直前の帳尻合わせからの脱却。 日々の業務フローをカイゼンし、記録を習慣化することが、結果として残業削減やサービス向上につながる。

指摘事項を恐れるのではなく、それを「より良い事業所になるためのヒント」と捉え、日々の運営体制を強化していきましょう。その積み重ねが、地域で選ばれ続ける事業所への最短ルートです。